eラーニングにおけるコミュニケーション戦略


2007年5月発行


1.概要

1.1 目的

e ラーニングによる授業での講師と学習者のコミュニケーションは極めて希薄であり、コミュニケーション活性化のためには、リアルタイム性と進行役の存在が大きな役割を果たすこととなる。リアルタイム性とは、インターネットでつながる遠隔地の講師と学習者が同時刻に情報交換することであり、文字や音声、映像、クイズ解答状況など様々な媒体が使用される。進行役とは、遠隔地にいるe ラーニング講師である。
一方、多くのe ラーニングではコミュニケーションの活性化が図られることは少なく、学習者のモチベーション低下を招く原因の一つと考えられている。

このような状況を踏まえ、学校の教室で行われているe ラーニング活用授業の実践例から、同期・非同期の電子的コミュニケーションを比較すると共に、リアルタイムコミュニケーションの有効性とコミュニケーション進行役の重要性について明らかにする。


1.2 方法

対象、検証期間、検証方法は以下のとおりである。

  1. 対象 : 福島県南会津地域6 中学校の1年生~3年生および、株式会社ベネッセコーポレーション
  2. 検証期間 : 2006年4月1日~2007年3月31日
  3. 検証方法 : 現地訪問、データ分析

1.3 確認項目

以下の項目について確認した。

  1. eラーニング利用対象と提供会社
  2. eラーニング概要
  3. 授業スタイル
  4. 同期・非同期コミュニケーションの活用状況比較
  5. 教室とeラーニングでのフィードバックの違い
  6. コミュニケーション進行役
  7. 課題

2.結果

2.1 eラーニング利用対象と提供会社

福島県南会津地域6 中学校の1年生~3年生を対象としたe ラーニングサービスである。利用者数はそれぞれ、1 年生118 人、2 年生126 人、3 年生134 人の合計378 人である。
eラーニングを提供しているのは、民間の教育関連企業である株式会社ベネッセコーポレーションである。


2.2 eラーニング概要

サービス主体
福島県
サービス名
地域を担う人材育成のための学習サポート事業
サービス概要
福島県教育庁が企画し、県とベネッセコーポレーションが連携して取り組む全国でも例のない先進的な教育事業。福島県南会津地域の6中学校をモデル校に指定し、ベネッセの通信教材(進研ゼミ)を配布、eラーニングで数学や英語の講義を配信している。
県教育庁は学力の向上や学習意欲の向上を目指しながら生徒の可能性を引き出し、学習塾も少なく都市部との格差が見られる中山間部の生徒へ競争と刺激のある学習環境を提供する。学習は、定期的にベネッセ講師が東京のスタジオからインターネットを経由して講義をライブ配信し、リアルタイムな授業を実施している。本事業のeラーニングはコンテンツのオンデマンド配信だけでなく、複数校合同で講義のライブ受信や、リアルタイムチャット大会・クイズ大会など、地域内の生徒同士がeラーニングを通じて交流するような学習も実施している。
サービス開始日
2006年4月
対象科目
数学および英語
サービス概念図サービス概念図
教材例教材例

2.3 授業スタイル

教室で講義を受信する主パソコンのディスプレイをプロジェクタでスクリーンへ投影する。学習者は板書として、スクリーンを閲覧することで受講する。
また、学習者には1 人に1 台ずつチャット専用の副パソコンがあり、この副パソコンにより遠隔地にいるベネッセのe ラーニング講師とチャットを行う。

授業スタイル全体図授業スタイル全体図
上:教室(福島県) 下:スタジオ(東京都)
主パソコンと副パソコン(講師側)主パソコンと副パソコン(講師側)
授業画面(講義:主パソコン)授業画面(講義:主パソコン)
授業画面(チャット:副パソコン)授業画面(チャット:副パソコン)

2.4 同期・非同期コミュニケーションの活用状況比較

用途の類似する同期・非同期の電子的コミュニケーションの活用状況を比較することで、どちらの手段で活発なコミュニケーションが行われているかを比較した。

ここでは、

・ライブ授業中の「こっそりチャット」(学習者とeラーニング講師1対1の文字チャット。他の学習者に見られると恥ずかしいと思っている学習者も気兼ねなく発言できる。)と、いつでも質問できる「電子メール」の比較


・ライブ授業中の「みんなでチャット」(授業参加者全員で共有する文字チャット。発言者の氏名も表示されるので教室での発言と同等に扱われる。)といつでも発言できる「BBS」の比較


・ライブ授業中の「クイズ参加率」(解答人数÷出席者数)といつでも解答できる「web確認問題の利用率」(利用者数÷対象学習者数)

を比較した。

それぞれの利用状況を以下に示す。

同期・非同期の比較
同期 非同期
①こっそりチャット
発言数 19,961 件
(06.5.23~07.1.12)
①電子メール
質問数 80 件
(06.4.1~07.1.12)
②みんなでチャット
発言数 1,518 件
(06.12.5~07.1.12)
②BBS
発言数 145 件
(06.12.5~07.1.12)
③クイズ参加率
参加率 82%
③Web確認問題の利用率
利用率 32%

上記の比較より、同期では極めて活発なコミュニケーションが行われていることがわかる。このことから、リアルタイムコミュニケーションの有効性が確認できる。


2.5 教室とe ラーニングでのフィードバックの違い

教室での通常授業で行われる学習者へのフィードバックとe ラーニング、特に「こっそりチャット」を用いたフィードバックでは学習者の行動や講師の指導方法に大きな違いが見られる。

フィードバックの違い

教室教室
主パソコンと副パソコン(講師側)こっそりチャット

講師が学習者に回答を要求する場合、通常の授業では指名を行うが、学習者B を指名した際、教室において講師より的確なフィードバックを得られるのは学習者Bのみであり、学習者Aまたは学習者Cは学習者Bへのフィードバックを自己解釈、咀嚼して自己への転移を図らなければならない。それに対し、学習者全員へ「こっそりチャット」にて回答を要求することで、講師1 人が複数の学習者に対して個別フィードバックをすることとなる。
実際にベネッセeラーニング講師が運用したところ、講師1人で学習者20人程度までならば余裕をもって対応することが可能であった。学習者が多い場合は、「こっそりチャット」専用の副講師を複数配置することで対応が可能となる。

またスクリーンに基本問題、応用問題など難易度の異なる複数の問題を表示することにより、学習者一人ひとりが異なる進度で問題に当たることが可能となる。例えば①基本問題②応用問題のようにスクリーンへ投影しておき、学習者に①、②の順に回答要求を行う。各学習者が①の答えを回答してきた際に正解であるならば②を解くように指示し、不正解の場合はヒントなどを与え①に再チャレンジを促すことにより習熟度別に異なる進度で講義を行うことが可能である。このように、教室では行うことが困難であった個別の回答閲覧も容易となる。
また「こっそりチャット」を用いることにより「教室で挙手することが恥ずかしい」という消極的な学習者にも、ためらいなく回答を促す効果も認められた


2.6 コミュニケーション進行役

e ラーニングにおいて、活発なコミュニケーションを実現するためには進行役の存在が欠かせない。本eラーニングの現場では、東京のライブ配信スタジオにいるeラーニング講師がコミュニケーション進行役である。
eラーニング講師は、ライブ授業中に生徒へ何度も声をかけることで、「こっそりチャット」や「みんなでチャット」、「クイズ解答」などへの学習者からの反応を促している。

「こっそりチャット」では、eラーニング講師が学習者の発言を求める際に『自信がなければこっそりチャットで発言してください』という一言を添えることで、教室では挙手することが恥ずかしいという学習者も積極的に発言している。
「みんなでチャット」では、入力順に発言が表示されるため、他の学習者の発言を参考にした上で自身が発言することもできる。
「クイズ解答」では、毎回の授業で早押しランキングや正答率ランキングの上位者を発表することで競争を促すと共に、早く・正確に解答する習慣が定着している。
このような進行役の活躍により「表1」にみられるような活発なコミュニケーションが行われるという結果が得られている。

一方、eラーニング講師によるBBSへの書き込みや、システムログイン時に学習者へ表示される個人宛メッセージなどで積極的に非同期のコミュニケーションを試みているが、これまでのところこれらの活性化は見られていない。
以上のことから、コミュニケーションの進行面においてもリアルタイム性は重要な要因であることがわかる。


2.7 課題

リアルタイムコミュニケーションやコミュニケーション進行役が活発なコミュニケーションに有効であることは前述のとおりである。しかし、この方式は1人の講師が対応できる学習者の数が限られるなど、拡張性には課題が残る。
また、教室授業やこれまでのe ラーニングに比べ個別学習の要素が強く、授業設計や講義手法、指導方法などを個別学習形式に変更する必要があるなど、授業方式の取り扱いについても課題が残る。


2.8 生徒とのコミュニケーション

生徒とのコミュニケーションの多くは、オンラインコミュニケーションである。講師毎にコミュニティ(掲示板)が運営されており、講師は毎日、生徒とコミュニケーションを取っている。
また、講師とは別に担任や学習促進担当者が配置され、生徒ごとの進捗状況を管理している。これらの担当者は週に1 回程度の電話で生徒のモチベーション維持や悩み相談などに対応している。彼らは、教科を担当することはなく1 担当者あたり200 人程度の生徒を管理している。

3.他のeラーニングや教室授業への応用

3.1 他のeラーニングへの応用

今回対象としたe ラーニング授業はライブ配信で行われているが、一般的なオンデマンド式eラーニングサービスであっても、運用の仕方によっては活発なコミュニケーションを実現することが可能である。
例えば、オンデマンド式e ラーニングの学習者を複数のクラスに分け、オンデマンド式e ラーニングの合間にライブ配信授業あるいは、リアルタイムチャット授業を設けるのである。これにより、オンデマンド式e ラーニングの学習者規模などの優位性を活かしながら、活発なコミュニケーションを図ることができるため学習者のモチベーションを維持、向上することが可能である。


3.2 教室授業への応用

本資料に記載した活発なコミュニケーション実現手段は、教室授業へも応用が可能である。
例えば、教室の学習者が1人1台のチャット用パソコンを利用することで、「こっそりチャット」の活用で見られるように、教室では挙手することが恥ずかしいという学習者も積極的に発言することが可能である。
同様に、学習者個別のフィードバックが可能なため教室授業においても個別学習を実現できるのである。

4.まとめ

eラーニングにおける活発なコミュニケーション実現のためには、同時刻に情報交換が行われるリアルタイム性が求められると共に、コミュニケーションを促す進行役の存在が欠かせない。
eラーニングシステムの機能には、「授業のライブ配信」や「こっそりチャットとみんなでチャットの併用」、「クイズ解答順位・正答率集計」などが求められる。
eラーニングにおけるコミュニケーション活性化に必要な要素を以下に示す。

(1) リアルタイム性の追求
(2) 進行役の存在
(3) ライブ配信授業やチャット対応のシステム

また、「こっそりチャット」の適切な活用により次のような効果が得られることがわかる。[1]

(1) 教室授業に比べ積極的な発言を促すことが可能
(2) 学習者個別のフィードバックを与えられることで個別学習を実現

参考文献

[1]大辻雄介・松澤美和・岡田行弘・小林建太郎,秘匿保持チャットを用いた同期コミュニカティブ
e-ラーニング,情報コミュニケーション学会,2007.


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