VRの教育的効果をあらためて考える〜バーチャルの意味と意義〜

By | 2020年4月10日

こんにちは。しばらく外出ができず、オンラインの動画配信サイトで海外ドラマばかり観ている研究員・岡田です。

みなさんも、自宅で過ごす時間が多いと思いますが、そういう時こそオンラインのコンテンツがありがたく感じますよね。

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私は研究員として開発業務や調査業務をしているので、会議以外ではリモートワークをこれまでも続けてきました。一方で、リモートワークがなかなかフィットしない業種もあると思います。

ところが、どの業種でも自宅でできることがあると思います。それは「学び」です。

 

集合型研修や勉強会は相次いで中止・延期がなされている中、オンラインでの研修・セミナーの実施が増えてきています。もちろん、いくつかの点で対面型の研修・セミナーにはおよばないところもありますが、この機会にさまざまなオンラインでの学びを考えてみてはいかがでしょうか。

 

eラーニング、MOOC(大規模オンライン公開講座)、YouTubeなどの動画サイトで好きなものを選んで学ぶのも良いでしょう。

私が制作に関わったMOOCが再開講になることもあるので、gaccoもチェックしてみてください。(https://gacco.org)

 

 

■体験を中核とする学び

「教育のノーベル賞」とも言われる『グローバル・ティーチャー賞』というものがあるのをご存知でしょうか? イギリスのバーキー財団が実施しているもので、日本でも教育界では話題になりました。

2019年の世界大会のファイナリスト・トップ10にアジア人で唯一選出された正頭英和先生(立命館小学校)の『世界トップティーチャーが教える 子どもの未来が変わる英語の教科書』では、これからの学習に必要なのは知識も重要なのですが、何より「体験」ということが強調されています。(https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000339070)

 

正頭先生の論については、上記の著作を読んでいただくとして、私は初等中等教育以外の「人材育成」という広い文脈で捉え直したいと思います。

 

人には、それぞれ個人的な感性というものがあります。同じ風景を見ても、そこで何に気づくのか、何に感動するのか、どのような感情を持つのか、ということは個人差があります。

これは単なる「習熟度」とは異なります。感じ方などの多様性は、チームで働く時代には不可欠になります。なぜなら、同じような感性の人間は複数必要ないからです。

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さて、そのような多様性の時代には、教育も体験という個々人がそれぞれの感性・個人史の中で培ってきたものが活かされることが必要になってくるでしょう。知識の蓄積という教育観からの脱却です。

 

■OJTがなぜうまくいかないのか?

このような「体験」の学びは、これまでOJT(On the Job Training)という形で企業内では行われてきました。先輩や上司とともに行動し、その中で暗黙知も含めた様々な学びを積み上げ、そこから自らの行動原理や行動指針を身につけていく・・・そんな学びが多かったのです。

もちろん、このような方法が有効な場合が多くあったからこそ、OJTは価値がありました。

 

確かに、座学などの研修では、知識事項やマニュアル的な事柄は理解できます。しかし、実際の人間関係の「間合い」とか、なかなか知識事項としてマニュアル化しにくい事柄についてはやはり「経験を通じて学ぶ」ことが求められていたのです。

 

ところが、やはり完璧なダイエットが世の中に存在しないように(存在していたら、こんなに毎年流行りのダイエット方法が世に出てくるはずがない)、完璧な人材育成法というものもありません。

 

まず、従来型の体験による学習という人材育成法の限界については、以下の2つのポイントがあります。

  •  同行する先輩・上司の不在

  • 体験の回数の限界

 

まず、重要なのは、何でもかんでも体験させれば人が成長するわけではない、ということです。体験し、そこで感じたことに意識を集中させて、何に気付き、以後どのような行動をとるかをシミュレーションするように先輩・上司がフィードバックすることが必要になります。

しかし、そのような先輩・上司がいつも見守っていて、適宜、適切なフィードバックができる状況を構築している組織はどれほどあるでしょうか?

 

また、「回数」の問題もあります。

例えば「クレーム処理」に対する体験の回数を考えてみましょう。クレーム処理は高度な対人関係能力や交渉能力が必要ですが、それらを養うためには経験値が必要だと言われています。しかし、クレームというものは起こって欲しい時に起こるとは限りません。専門的な部署に配属されることがない限り、いつ起こるか分からないクレームをOJTのネタにすることはできません。つまり、機会の「再現性」がない体験は偶然に拠るしかなく、人材育成として計画的に組み込めないのです。

 

 

■ある高校生の発言から考える

ある高校生が有志で農家支援活動に参加した時のことです。ある一人の高校生が言いました。

 

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「あのおじいさん、まだ40回しか米作りをしたことがないんだって。」

 

この発言、みなさんは不遜だと思うでしょうか? 実はこの発言には多くの事柄が含まれています。

いわゆる生まれた時からゲームなども含めて、再現性のあるシミュレーションをしてきた世代の高校生からすると、40回というのはゲームであれば1日で戦う敵の数にしかなりません。つまり、彼らからするとプログラミング教育などで何度もコードを書き直し、シミュレーションすることに比べると、40回の体験というのは「回数」としては少ないものに感じられますね。もちろん、回数がすなわち「質」の担保にはならないので注意は必要ですが。しかし、精緻な農業シミュレーターが生み出されたら、もしかしたら人類が持つ経験値ははるかに向上する可能性があります。

 

それでも、「いや、そんなシミュレーターなんて役に立たないよ」と否定する方もおられるかもしれません。でも、そういう人でも「書物」「本」「教科書」の有効性は否定しないと思います。

人類がこれほどの文明を築いた背景には、口頭伝承を越えて、文字による知識伝授が行われたことがあります。そうやって、昔の人が試行錯誤して得たものを文字として残したからこそ、時代や地理的な距離を越えて、後世の人々は(擬似的ではあるかもしれませんが)体験の再現の機会を得ることになったのです。それが今では技術の発達でより簡単に、より迅速に体験の再現がなされるようになりました。

 

 

■「バーチャル」の意味を考える

ここまできて、「ああ、なるほど。岡田はバーチャル・リアリティ、つまり仮想現実を『擬似的な体験』として捉えているのだな」と思った方がおられるでしょう。

 

半分が正解で、半分は「う〜ん。。」です。

 

もし、貴方が本来の意味でのVirtualの意味を知っていたら、大正解です。

 

もともと、バーチャルの訳語として「仮想」という言葉が使われるのは、本来のバーチャル・リアリティの真意を誤解しやすくなるので注意が必要です。本来、バーチャルとは「実質的」という意味です。

 

例として「夢」を考えてみましょう。

 

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みなさんは、悪夢を見て、慌てて起きた後、心臓がバクバクしている・・・という経験はありませんか? 私はあります。先日も、隣で寝ていた妻が「キャ〜!」と言って飛び起きました。夢で目の前に虫が現れたとのことでした。

 

さて、その虫はリアルな虫ですか? ちがいます。現実には存在しません。しかし、妻は驚いて起きた。つまりその時の妻の感覚(恐怖・驚きetc.)は実質的な「質」を持つのです。

 

このように、受け手に何らかの心理的な作用を及ぼすことが求められているのがバーチャルです。

 

実際、私は数年前にVR ZONE(当時は新宿にしかなかった)に行って、スキーで谷底に落ちるバーチャル体験をしました。(谷底に落ちるゲームではなく、スキーをするゲームですが・・・)

二度落ちたのですが、その時、頭では「これはゲームだ」と分かっているのですが死の恐怖を感じました。

 

デジタル・ナレッジでも、数年前に教育ICT展にて、カフェでのクレームをVRで体験できるコンテンツを出展して大盛況になりました。

これは視点(主人公と呼ぶ)を「初めてアルバイトをする高校生」と設定し、カフェで「ホットドッグセット」を頼んだはずのお客が手元に来ているのが「サンドイッチセット」であることに腹を立てて、立っているウェイター・ウェイトレスにクレームを言いにくる、というコンテンツでした。

 

https://youtu.be/1jK08jHAtv4

 

CGではなく、180°の3Dカメラで撮影した実写動画だったのですが、クレーマーが近づいてくる感じと、手に持ったサンドイッチを主人公の顔まで近づけてくる感じがリアルだとして、体験に長蛇の列ができました。

「こんなに叱られたのは久しぶりだ・・・」などと、涙目になっている人もたくさんいました。また、思わず後退りする人も何人かいました。

 

バーチャル・リアリティの特徴を「没入感」と表現することがありますが、この表現も、「実質的な感覚」ということと結び付けて考えれば理解しやすいかと思います。ただこれはVR

でなくても、よくできたテレビドラマや映画でも起こります。まさに「手に汗握る」ドラマ展開には私たちは文字通りドキドキします。これがバーチャルです。

 

■VRコンテンツは「自ら発見するコンテンツ」になる

今や、課題解決能力よりも課題発見能力が求められる時代です。

前出の正頭先生もおっしゃっているのですが、このインターネット全盛の時代では、成功例やレシピといったものはどんどん共有されていきます。つまり、何らかの課題(問題点)があったとして、その解決については「調べることができる」「人に相談することができる」という点で、「自分にしかできない仕事」ではなくなっていきます。

 

ところが、課題を「発見」する能力というのはまさに「自分にしかできない仕事」になります。教育現場や研修現場では

(A)「この資料を見てください。ここには〜〜ということが表されていますね」

ではなく、

(B)「この資料を見てください。ここから、みなさんなら何を見つけることができますか?」

といった、常に「自ら発見する」機会を提供していくことになるでしょう。

 

そこで教育用メディアも変革が迫られると思っています。

 

従来、人類の長い歴史の中では書籍がメディアでした。文字ですね。それが紙芝居的に絵や図などをタイムライン上で動かすことが出てきました。また映像・音楽がメディアの主流になってきました。これらの良さの一つには、メディアのデータをデジタルにすることで、配信管理や受講者管理システムと組み合わせることで、eラーニングが可能になったということです。

 

情報量が多いと言う意味でのリッチなメディアが教材の主流になるだけではなく、学習履歴やヒートマップ取得のようなデータ分析とも連携することで、学習の個別最適化が望まれます。

 

ただ、課題もありました。

例えば普通スライドは「一目で」見渡せるように作成されるのが常です。視点誘導の観点から、視聴者の視点を一点に集中させるというのが集団授業・研修・テレビ番組では求められていたからです。つまり、視聴者の視点を誘導するわけですから、視聴者(=学習者)は自然と受け身になります。

 

そのようなフレーム(一目で認識できる大きさの枠のことをここでは意味します)を見せて、先述の(B)にあたる「この絵を見て気づいたことがありますか?」という質問を投げかけることは重要なのですが、既にフレームに「集中させている」状態、言い換えれば視聴者・受講者が既にそちらに意識を向けている状態から、細部を「探す」という行為になってしまいます。これでは「自発的な発見・気付き」とは程遠いものになります。

 

喩えて言うなら、恋人に「ねえ、今日の私、何かちがうと思わない?」と言われてから違いを探すようなものです。これに答えられたとしても、100点の回答かどうか。

会った瞬間に、「あれ?髪型変えた?似合っているね」の方の発見力を身につけたいですね。

 

そこでメディアには「フレームレス」という発想が必要になってきます。本来私たちが活きている世界はフレームレスです。フレームというのは視野に合わせて人為的に構築されたものがほとんどです。

 

だからこそ、空間丸ごと切り取って記録できるVR(360度画像)が求められてくるのです。

 

図1

※RICOH THETAで撮影した360度画像。専用のアプリケーションやSNS上では球体の画像として処理される。

 

つまり、「その場にいる」状態に近づけてくれるメディアがVRなのです。

 

この状態になれば、この教材を提供する側の視点誘導は極めて弱くなります。すなわち、「受講者の視点の任意性が高まる」のです。自分の見たいところが見れる、という状態ですね。

そうなれば、発見する、気づくということがその人の資質に大きく影響されることになります。

 

初等中等教育の修学旅行で言うなら、姫路城に行って、どこを観察してくるかは生徒によります。畳を観察してくる子もいれば、屋根瓦に興味を持つ人もいるでしょう。

 

それこそが「自ら発見する」ということを保障するのです。

 

 

■今後の教育VRコンテンツの方向性

今後、OJTの代替としてVRコンテンツによるシミュレーション研修は増えていくと思います。ただし、発見力の向上だけではなく、やはりそれも含めた「体験シミュレーション」としての価値がもっと高まっていくでしょう。

 

その点で手前味噌ながら、弊社が取り組んだ例をベストプラクティスとして紹介します。

 

https://www.digital-knowledge.co.jp/archives/20356/

 

詳細はインタビュー記事があるのでご一読いただきたいのですが、VRコンテンツ+IoTデバイス+AIによる音声認識を組み合わせて、学習履歴を残すという、「最新技術てんこ盛り」の例です。

 

調理はいくらマニュアル化したとしても、やはり品質を一定に保つためにはそれなりの練習が必要です。

問題は、通常ゲームであれば失敗してもキッチンは汚れることはありませんし、材料も無駄にすることはありません。しかし料理はリアルに実施すると上記のような課題が出てきます。

また調理のトレーニングをするためには「場所」が固定されてしまいます。

客足がまばらになった時に、研修のための調理トレーニングをして、あとはずっと先輩が見ている中で実際の注文に対して実践演習を繰り返す、というのが普通です。でもそれだと、研修も時間帯が固定されたり、注文が偏った場合には満遍なく調理を覚えるということが困難だったりします。

 

でも、VRトレーニングであればそれが解消します。もちろん、まだまだ実際の調理という「実質」には敵いませんが、それでも紙のレシピを見たり、動画を見るよりも「やってみる」という体験をもとにした学習の方が学習効果は高くなります。

 

■最後に

VRの良さは使ってみないと分からない部分もあるかと思います。

 

身の回りにある、物件閲覧VRやGoogleMapなどを使ってみるのはいかがでしょうか?

 

こんなご時世です。外出は控えなければいけません。

私は海外ドラマ(『ホワイトカラー』『キャッスル』『ゴシップ・ガール』など)で出てきたシーンから、ニューヨークの都市部のロケ地を探すということで、GoogleMap上でハートマークがたくさんつきましたw

 

勝手にニューヨーク探索しています。皆さんも、まずVRの入り口として試してみてはいかがですか?