
いつ梅雨が明けるんだろう?と思いながら暑い日々を過ごしておりましたが、激しい雨の後、ようやく関東地方も梅雨明けをして、暑い暑い夏がやってきました。私は少年時代を宮崎・沖縄で過ごしましたが、南国イメージのある両県ですが、子供の頃はこれほど暑くはなかったように思います。先日ニュースで全国の天気予報を見ていると、全国の主要都市の中で、那覇の気温が一番低かったのです。今や真夏の沖縄は内地より暑くないということに驚きを禁じ得ません。いやはや。
さて、今回はラーニングイノベーショングランプリ2025の審査委員長を務めさせていただいたというご案内です。
ラーニングイノベーショングランプリとは?
ラーニングイノベーショングランプリは、学習・教育環境の研究を行っている大学などの高等教育機関の学生や40歳未満の若手研究者の研究を表彰するというものです。下記に当グランプリのサイトからの引用を掲載します。
これまでにない学習・教育方法やスタイル、革新的なラーニングテクノロジーを発掘し、新たな学習・教育環境を提案するため、高等教育機関(大学・大学院・高等専門学校等)の研究室(チーム)を対象にラーニングイノベーショングランプリを開催します。
本グランプリは、教育や人材育成に関わる企業と、革新的な学習・教育環境を研究している高等教育機関のマッチング機会を拡げるものです。昨今、企業内教育においてはデジタル化の急速な進展を背景にラーニングテクノロジーに注目が集まり、今後は学術発の知見に対する産業界の期待も高まることが予想されます。こうした中で、本グランプリは産学のブリッジ役としての枠組みとなるものです。
ラーニングイノベーショングランプリでは、学生だけでなく若手研究者(2025年5月8日時点で40歳未満)からの応募も受け付けます。但し、学生または若手研究者を主とする研究室での研究に焦点をあてた企画のため、学生と若手研究者を最低各1名、あるいは若手研究者単独がチームの最小構成となります。主催:一般社団法人ラーニングイノベーションコンソシアム(LIC)
共催:教育システム情報学会(JSiSE)、特定非営利活動法人デジタルラーニング・コンソーシアム(DLC)
協賛:日本情報科教育学会、日本教育工学会、人工知能学会、情報処理学会CLE研究会、電子情報通信学会教育工学研究会、学習分析学会
協力:ジンジャーアップ
運営:ラーニングイノベーショングランプリ実行委員会
プラチナスポンサー:ジンジャーアップ
ゴールドスポンサー:デジタル・ナレッジ
ネーミングライツスポンサー:イーラーニング、サイコム・ブレインズ、東京リーガルマインド
今回、実行委員長より連絡いただきご指名をいただき、このグランプリの審査委員長を務めさせていただきました。
私自身、学生時代は今のeラーニングの前身とでもいうべきCAIの研究を行っておりました(詳細はこちらをご覧ください)。そういうわけで三十年以上前は、今回の学生さんや若い研究者と同じ立場にいて、三十年という月日の流れを感じたりしました。
37のチームからのエントリーをいただき、これに共催団体の教育システム情報学会(JSiSE)の『産学連携委員会奨励賞』を受賞した4チーム(この4チームは二次審査から審査)を加えた41チームを審査いたしました。一次・二次審査を勝ち残った13組の中から最優秀ラーニングイノベーション賞をはじめとする各賞を審査の上決定させていただきました。
7月18日には受賞された方々のプレゼンテーションと授賞式が執り行われました。受賞された方々、そしてエントリーいただいた皆様、本当にありがとうございました。
所感
表彰式の後半で審査委員長からの総括ということでお話しさせていただきましたが、その時に話した内容をここでも共有いたします。
今回のラーニングイノベーショングランプリ2025の受賞された研究やエントリーいただいた研究を拝見すると二つの傾向を感じました。
一つがフィジカルな学びを取り扱う研究が多かったことです。
従来のeラーニングは子供たちには、英語・数学・国語・理科・社会といった学校での学びや受験対策、大人には資格試験対策やスキルアップ講座、会社ではリテラシ教育やPマーク・ハラスメントなどの全社教育など、知識を獲得する学びが多い印象です。そのためコンテンツとしては動画による映像講義を中心にスライドやホワイトボードに書かれた内容を理解して、必要な知識を記憶・定着し、その知識を使って課題を解けるようになったり業務にフィードバックするというものです。
今回の受賞やエントリーいただいた研究は、そういう従来の教育ではなく、フィジカル、つまり体を使って動作を覚えるための教育を扱うものが多かったです。知識として覚えて理解するだけでなく、それを正しい手順や動きで、正しい業務を行えるというものです。
今回、最優秀ラーニングイノベーション賞を受賞された九州大学 福嶋・山田共同研究チームの『マルチモーダルデータによるフィードバックを行なうVR活用型保育スキル育成システム』は、絵本の読み聞かせの技能をVRを使って行うというもので、学習者はVR内で子どものアバターに向かって絵本を読み、声量・速度・姿勢・視線・アイコンタクト等のマルチモーダルデータを解析し、自動評価とリアルタイムのフィードバックを受けるというものです。VRゴーグルの中の子どもたちのアバターは学習者の読み方に応じて悲しむ・怒るなどの感情表現をして学習者に現実的な反応を提示することで、実践的な学習体験を提供しています。
奨励賞を受賞された東京電機大学 中山研究室 大量調理シミュレータ班の『大量調理での基本動作の習得を目的としたVR対応大量調理シミュレータを開発』は、栄養士資格を取得するために必要な「給食の運営」を実践的に学ぶために、給食管理実習を学習者にVRで擬似体験させることで、大量調理実習を行う上での基本動作の習得を行うものです。
いずれも知識として知っているだけでは実践的な行動を取ることができず、基礎動作を繰り返し行う必要がありますが、それを実際の場(子どもたちがいる保育環境だったり、給食を作る調理室だったり)で繰り返し行うことはさまざまな制約から現実的ではありません。そこでこのようなVRなどのデバイスを用いて体の動きを習得しようというものです(ちなみに弊社ではこのような学びの環境を研修と区別するため、『訓練』と呼称しています)。
この『訓練』の適用シーンは多岐に渡ります。接客、調理、工場の組み立て作業、土木建築、スポーツ、伝統技能に至るまで、多くのシーンで『訓練』が行われています。技の伝承、これまでのベストプラクティスをいかに形式化し、それを次に伝えていくか、そしてそれをいかに効率的に習得してもらうか・・・ そういうフィジカルな学びは従来のeラーニングとも少し異なる領域です。そしてVRやMRをはじめとしたデバイスの進化でそういったフィジカルな学びがやりやすくなっているように思います。学生さんたちがこのようなデバイスの進化に目を向けて取り入れ、様々な試行を行うことはとても良いことだと思いますし、そこからフィジカルな学びのブレークスルーが誕生することを期待しております。
私は、このフィジカルトレーニングの意味を伝えるのに、『チャーハンの調理』を例に挙げて説明しています。「美味しいパラパラのチャーハンを作るには、強い火力で中華鍋を大きく煽って調理するといい」という知識は数秒で学べます。じゃあこれで学んだ人は美味しいチャーハンが作れるか、というとそんなことはありません。その中華鍋を大きく煽って調理するというのを何度も何度もやってみて失敗を繰り返した先にようやく正しい調理ができるようになるのです。つまり、知識として知っているだけではほとんど役に立ちません。そのための学びの環境・機会が必要なのです。
ちなみに弊社もこのような取り組みによる教育を提供しており、松屋フーズさんにVRを活用した接客トレーニングの研修コンテンツを提供しております。詳しくはこちらをご覧ください。
もう一つの傾向がハイコンテクストな伝達の研究が複数あったということです。
例えば外国語を習得するときに、文法・単語などを学んで、文章を正しい文法・内容で正しい発音で話したり聞き取れたりしたとします。そのためのトレーニング方法はいろいろあることでしょう。そういうトレーニングを通して語学をマスターして言葉を操れるようになったとして、それで十分かというとそうでもありません。中身そのものだけでなく、それをどういう表情、どういう風に伝えるのか、という非言語的なコミュニケーション、あえていうならハイコンテクストな表現、が必要です。
優秀ラーニングイノベーション賞を受賞された関西外国語大学 卯木研究室の『TPOに応じた敬語・タメ語と視線マナーの運用力を育成する韓国語トレーニングシステム』は、人型ロボットPepperとChatGPTを活用し、韓国語学習者が敬語・タメ語の使い分けと視線マナーを統合的に学べるトレーニングシステムです。相手との関係性や場面に応じた言語・非言語表現の適切な運用を支援し、韓国語による実践的なコミュニケーション力の育成を目指して研究開発されています。韓国語は日本語以上に人間関係によってコミュニケーションが変わるそうで、そういうハイコンテクストな学びを行う環境として実装されたことは非常に興味深かったです。
他にも、特別賞を受賞された電気通信大学 柏原研究室ロボットパーソナリティデザインチームの『受講者のエンゲージメントを促進する講義ロボットのパーソナリティデザイン』も、ちょっと趣旨は異なるものの、ハイコンテクストな文脈で捉えることもできます。教師が受講者の前に立って講義を行う場合、受講者は教師の身振りやパラ言語、表情による感情表現、講義に関わるエピソードに表れるパーソナリティに惹かれ、よく講義に聞き入るものですが、この研究では、受講者に合わせて適切なパーソナリティを表出する教師ロボットの実現を目標に、動作や表情、エピソードをデザインしてパーソナリティを表出する講義システムを開発し、パーソナリティの表出が講義へのエンゲージメントに影響することを示したものです。話す内容ではなく話し方、身振り手振り、表情といったものがエンゲージメントにどのように影響するかに向き合ったもので、興味深いです。しかもそれを生身の人間でなく、ロボットにそのようなキャラクタを纏わせてそれぞれ講義を行い受講者が評価するという研究方法も私には目から鱗でした。
このように、教育内容そのものや言語化された知識を習得するだけでなく、非言語的な、ハイコンテクストな要素も考慮して環境を整えるというのは興味深いです。従来の学びの場ではこのようなハイコンテクストな文脈の学びは、優秀な教師のもとに行われているのだと思います。オンラインでの学びがメインストリームになりつつある今、このハイコンテクストな要素に目を向けることがとても重要だと改めて思いましたし、そういうところに目を向けて研究されるところに未来の希望を感じました。
上記2つはいずれもロボットを使った研究ですが、その使い方、ベクトルがまるで違って面白かったです。
他の受賞された研究も紹介します。
優秀ラーニングイノベーション賞を受賞された大阪大学 浦西研究室の『ネットワークの仕組みを体験的・自律的に学べるWeb教材: 通信プロトコルシミュレータProtoSim』は、高校の科目『情報Ⅰ』のカリキュラムの情報通信ネットワークの仕組みや、構成要素、プロトコルの役割について、高校生でも使える平易なシミュレータで通信データを可視化する方法を開発したものです。さらに、このシミュレータを用いた問題をシステムに搭載し、自動正誤判定やヒントなどの支援機能を組み合わせることで自律的に学習できるようになっています。研究というより実際の商品のようなクオリティの高いもので、2024年度には1万5千人弱の方がお使いになられた実績もあるようです。研究というよりEdTech系の新サービスのような内容で、テクノロジーが教育課題を解決するいい例だとも思いました。
奨励賞を受賞された神戸大学 清光研究室の『動画注釈に基づく質問支援と学習過程の把握のための教育支援システム』は、動画を活用したプログラミング教育における学習支援環境について研究したものです。プログラミング教育は学習者が能動的に学ぶ必要がある一方、動画視聴中に生じる疑問や気づきがその場で共有・活用されにくく、教員側も学習状況を把握しづらいという課題があります。この研究では、プログラミング学習に特有な行動を踏まえ,学習者が動画に直接注釈できる学習支援機能と,学習データの可視化より学習過程を捉える教育支援システムを構築しています。昨今はオンデマンドの動画教材がeラーニングの主流ですが、流しっぱなしにすることなく、非同期的に学びながら、より効果的に学び、疑問を解決するための仕組みの重要性は高まっています。さらに教員側へも受講者の行動を総括して伝えたり、教材の改訂のきっかけを与えるという意味でもこのような取り組みは重要だと思います。
受賞された皆様、おめでとうございました!

最後に
というわけで、駆け足で受賞された研究を中心にラーニングイノベーショングランプリ2025を振り返ってみました。
私はこのような大会の審査を行わせていただいたことは何度かあるのですが、審査委員長を務めるのは初めての経験でした。今回エントリーいただいた41の研究全てにじっくりと目を通させていただき、講評しました。結構大変な作業でしたが、若い方々の情熱や可能性を感じるまたとない機会となりました。機会をいただいきました実行委員の皆様に感謝申し上げます。
このラーニングイノベーショングランプリは、毎年開催しており、おそらく来年も、ラーニングイノベーショングランプリ2026が開催されると思われます。教育工学などの領域で学習・教育環境の研究を行っている学生さんや若手研究者の皆様、ぜひ次回もエントリーくださいませ。
そしてこれをご覧の企業の方、ご興味のある研究テーマがあればそれぞれの研究室にお問い合わせしてみてください。
おまけ
今日の一曲は”My Ideal”、私の理想という意味ですね。数々の方が演奏してますが、私はKenny Dorhamの”Quiet Kenny”(静かなるケニー)というアルバムの二曲目に収録されているテイクが最も印象に残っています。
今回のような研究を通して、一つ一つの理想が実現されることを願っております。
参考
- ラーニングイノベーショングランプリ
- 寺田文行先生を偲んで(私が学生時代に行っていた研究)