リスキリングについて思うこと

By | 2022年11月2日

このブログを書いているのは2022年11月2日ですが、昨日から開催されているオンラインラーニングフォーラム2022の初日のイベントとして、「キーパーソンサミット」に登壇し、その時のディスカッションのメインテーマが「リスキリング」であり、リスキリングについて思うこと、そのディスカッションを通して感じたことをまとめてみたいと思います。

オンラインラーニングフォーラム2022の概要、バズワード「リスキリング」

オンラインラーニングフォーラム2022は2022年11月1日から11月11日までの約2週間開催されるオンラインイベントです。昨年まではeラーニングアワードフォーラムという名称でしたが、今年から新たな名称で再スタートしています。

日本e-Learning大賞をはじめ、経済産業大臣賞、文部科学大臣賞、総務大臣賞、厚生労働大臣賞といった各種賞の授賞式をメインとしておりますが、eラーニング/オンラインラーニングの事例や各社の取り組みをオンラインセミナーの形式でも配信しております。以前はリアル開催がメインでしたが、このコロナ禍で近年はオンラインのみの開催となっております。この講演内容を見ると、昨今の(少なくとも登壇する側の)傾向は掴めます。

感覚で話すとバイアスがかかるので、実データで見てみましょうか。

下の図は、全講演タイトルと説明文を私の方で拾って形態素解析をしてみた図です。

オンラインラーニングフォーラム2022の全講演内容のタグクラウド

eラーニングや人材育成、教育といった、以前から多用される単語に並び、今年は「リスキリング」や「DX」が目立っているように感じます。そういうわけでリスキリングは今年の教育研修市場のバズワードと思って良さそうです。

もう一つ、共起キーワードもご参考までに。

オンラインラーニングフォーラム2022の全講演内容の共起キーワード分析

ある単語と単語の関連の出現パターンが似たものを線で結んだものです。例えば、左上をご覧いただくと、「働く」と「学ぶ」が線で結ばれてますが、これは「働きながら学ぶ」など、同じセンテンス内で関連して使われるケースが多いことを表しています。左下の「コロナ 進む 伴う」なども同じですね。

こんな具合に中央部分をご覧いただくと、「DX」を中心に「人材育成、推進、企業、リスキリング」などが線で結ばれていますが、そうやってこの図を眺めると、なんとなく全体として言いたいことがわかるような気がしませんか? 右上の「データ」を中心に「教育、学習、活用」などが並んでいたり、左側に「資本 人的 経営 新しい 実現」などが並んでいるのも、なるほど、と思ったりします。

今年のキーパーソンサミット

さて、そんなオンラインラーニングフォーラムですが、毎年キーパーソンサミットというのを開催しております。eラーニングや教育の領域の経営者や研究者、大学の先生が集まってパネルディスカッションを行うというものです。私も4、5年連続して登壇させていただいております。今年の参加者は以下の方々でした。

一般社団法人日本オンライン教育産業協会(JOTEA) 代表理事会長 
株式会社ネットラーニング 代表取締役会長 
岸田 徹 氏

株式会社ライトワークス 代表取締役 
江口 夏郎 氏

株式会社人財ラボ 代表取締役社長 
下山 博志 氏

IMS Japan 運営委員長
放送大学 教授 
山田 恒夫 氏

そして私デジタル・ナレッジの吉田の5名で進めました。

キーパーソンサミットの登壇者たち
キーパーソンサミットの登壇者たち

議論の中心は、ここでもリスキリングが中心となり、さまざまな方々からのさまざまな側面・立ち位置の発言がなされ、非常に刺激的な1時間でした。そこで、このブログでは、リスキリングについて、このセッションを経て、私なりに考えていることをまとめてみたいと思います。


リスキリングとは・バズっている背景

リスキリングは最近急速に教育研修業界でバズっているわけですが、どうしてかというと、今年10月3日の岸田文雄首相の所信表明演説の中で個人のリスキリングの支援に5年で1兆円を投じると表明したことに起因します。ただ、岸田さんの所信表明演説の前から、少なくともここ2年ほどはリスキリングは教育研修市場ではしきりに取り上げられていたのですが、この所信表明演説でズバッ!と刺さったわけです。NHKでも取り上げられて業界内では話題になっていました。

ではそもそもリスキリングとは何か、というと・・・

リスキリング:
新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること

リクルートワークス研究所

日本は他の先進国と比べDX化が遅れているとされています。紙やハンコ文化、現金決済主義、過去に先鋭だったからこそのガラパゴス化したデジタルなど、DX化を推進しないことには停滞どころか周回遅れにされるぞ、という危機感があります。そこでいわゆるDX化を推進し業務効率を高めたり競争力をつけ、さらには一歩先んじた手を打つためのスキルを有した人材が求められています。ただ、そんな人材は降って沸いてくるわけでもなく、カーゴカルト(南太平洋の国々に存在する信仰で、いつの日か神が天国から飛行機や船に文明の利器を搭載して自分達のもとに現れるというもの)でもありません。そこで必要な人材を適切に育成して実務を遂行してもらう必要があります。そのためにリスキリングが注目されているというわけです。

企業の側から見ると、人口の多い団塊ジュニア世代前後の40代後半から50代の従業員は、スキルも経験も積んだベテランで今後の事業の中核を担うことが期待される層である一方、変化する市場ニーズに対応するべくDX化を中心とした新たな施策を推進するにはスキルや経験がオールドエコノミーで、そのままでは対応できないという課題感もあるかと思います。人生100年時代、従来よりも長い期間仕事をする必要があり、そのためには求められるスキルを手にする必要があります。そんな40代、50代はお荷物になってしまうのか、次の時代の開拓者となるのか、できれば後者になって欲しいと願うわけであって、そういう背景も企業のリスキリングを後押ししているように思います。

何を学ぶのか?

リスキリングはこの閉塞感のある社会を、変革や次の成長に適した人材を育て輩出するという意味で、次の成長への狼煙のようなものだと思います。では次の成長や変革のために、どういうことを学べばいいのか?

一般的にはリスキリングで学ぶ対象は下記3つのレイヤがあるように思います。

          
デジタルスキルPC操作、Word/Excel/PowerPointといったPCリテラシ、データサイエンスやWebマーケティング、AIといった最新テクノロジの概要や適用、各種デジタルツールの活用方法など、業務のデジタル化を推進し、実施するために必要なスキル。
ビジネススキルMBA、英語などの外国語、会計、法律など、ビジネスを行っていく上で必要なスキル。
リベラルアーツ歴史、宗教、芸術、音楽、論理学などの素養で、いつの時代でも普遍的な価値判断や意思決定の元となるスキルの源泉となるもの。
リスキリングのコンテンツの3レイヤ

上記3つのリスキリングがあるように思いますが、近年声高に叫ばれているのはデジタルスキルです。

何のための学び? スキルって?

リスキリングを杓子定規に捉えると上記のようなスキルを身につけるための学びがあるのですが、どうでしょう? 皆様の実感と完全に合致してますでしょうか? 

リスキリングの必要性はわかった。でも、それは弊社の人材育成の第一課題とは思えない。

そういうお考えをお持ちの方も中にはいらっしゃるのではないでしょうか? (私はそうです)

企業の中の人材育成・教育研修は、企業の計画を円滑に遂行し成功するために実施するのであり、逆にいうと計画の遂行と成功に紐づかない教育研修は無駄、そういう意見があって然るべしだと思います。実施している教育と事業の成果が紐づいて初めて教育は生きてくるのだと思うのです。どうしてこの当たり前と思えることを改めて表明しているのかと言うと、

教育とスキルは対応していない

からです。つまり教育にいくら投資して推進しても、それが計画遂行に不可欠なスキルと必ずしも連動しない恐れがあるからです。

ここでいうスキルとは

スキルとは:
業務を遂行する上で必要な能力

と定義しておきますが、教育を受けたからといって業務を遂行することができるのか? (いやそれだけではできないだろう)というのが「教育とスキルは対応していない」という理由です。

例えば、カンフーの達人になろうと思ったとして、カンフーの歴史や歴代の名人について、技の種類や掛け方、カンフーが登場する作品など、さまざまな角度から本や講義で何百時間も費やして学んだとします。その人は、果たしてカンフーの達人になるでしょうか? かなり難しいのではないでしょうか。

つまり、教育は教育できちんと積み上げていく必要はありますが、だからと言ってスキルが身に付いたとは言えないところがあり、教育と、その出口としてのスキルを繋げる必要があります。

一つ、弊社で実践している例を紹介します。スコアシートによるスキルの管理です。教育研修を行なった結果、ある業務ができるようになったかどうかを判定するために、まずは本人ができたかどうか確認します。その上で、第三者や上司が、その人が業務ができているかを客観的にチェックするのです。本人と第三者のチェックが入って、初めてスキルとして認定されるというものです。この機能は飲食店さんなどの実技をマスターする必要のある業種・業態の企業さんで多く使われており、教育とスキルを対応させて教育研修を行なっていただいております。例えば、すかいらーくさんの事例をご覧いただければ概要や効果をご確認いただけるでしょう。

リスキリング、どうやって進めれば良いか?

さて、さまざまな観点からリスキリングを見てきましたが、このリスキリングを企業内でスタートし、効果を発揮させるためには、どういうふうに進めればいいのでしょうか? 下記6つのステップが必要だと思います。
(どうでもいい話ですが、ジャズトランペッターのマイルス・デイヴィスのSeven Steps to Heavenというアルバムと曲があって、私はこういうステップを7つに揃えたがるのですが、6つに収斂しちゃいました。)

  ステップ1:学習実績の収集・可視化

それぞれの人がどういう教育を受けてきたかを収集します。取得した資格や外部の教育プログラムの修了、社内教育の受講履歴などを一元的に収集します。学習修了を取り扱うオープンバッジを活用するのも良いでしょう。

誰が、どういう学習を行なってきたかを把握できるようにしておきます。

  ステップ2:スキルの測定・可視化

それぞれの人がどういうスキルを有しているかを収集します。先ほど紹介したようなスコアシートなどによる本人・第三者認定のスキル測定や、Linkedinが行なっているような他人からその人のスキルを推薦するサービスも考えられるでしょう。信憑性の確認は必要でしょうが自己推薦を集めるのも良いでしょう。

  ステップ3:スキル向上に必要な教育カリキュラム・コンテンツの整備

自社の計画の実現のために必要な人材像を検討し、その人材が備えるべきスキルを抽出し、そのスキルを養うために必要な教育カリキュラムを検討します。その教育カリキュラムの実際の教育内容であるeラーニングのコンテンツは、デジタルスキルや資格取得では外部の専門的な教材を利用することもあれば、社内独自の技術やノウハウの場合には内製化することになるでしょう。

  ステップ4:学習の実施、メンタリング

教材とeラーニングシステムがあれば、スムーズに受講が進み全受講者が学習終了する、というわけでないのがeラーニングの難しいところでして・・・ 質問に対応したり、受講しない人に声がけをしたり、上司に途中経過を送って指示していただいたり、メンタリングと呼ばれる活動ですが、さまざまな働きかけを行います。最近はこれらの運用は人海戦術だけでなくシステム的に自動で行う方法もあり、そういう機能を賢く活用すると良いでしょう。

  ステップ5:実践

このように教育によって身につけたものを使って実務で実践していただきます。せっかく学習したものを使わないと宝の持ち腐れになりますし陳腐化します。先ほどのカンフーの例にならないよう、実践してスキルの根を張るのです。さらに実務で利用することで次の学習のニーズが喚起されることもあることでしょう。

  ステップ6:評価

以上ステップ1ー5で実践まで行えましたが、評価をしてPDCAサイクルを回す必要があります。ステップ5まで行ったのちに、再びステップ1:教育の可視化、ステップ2:スキルの可視化を行います。

個々の教育カリキュラムによってどのようなスキル向上がもたらされたのかを集計し、あるスキル向上に効果的な教育カリキュラムを紐付け、ステップ3:スキル向上に必要な教育カリキュラム・コンテンツの整備にフィードバックすることで、リスキリングの精度を高めることもできるでしょう。さらに、この取り組みによって、計画された人材が育成され、自社の計画が実現できたのかも評価する必要があります。

以上のようにステップ1〜6を繰り返すことがリスキリング成功に必要だと考えます。

考えていること

以上、リスキリングに関して、昨日のキーパーソンサミットでのやり取りも受けて現時点の思いを書いてみました。

ここで提示したリスキリングの進め方は弊社のKnowledgeDeliverを活用すれば実現可能です。ただ、スキルに特化して管理・運用をスムーズに行えるかというと、色々と工夫して使っていただく必要があるでしょう。そこで事業計画や人材育成計画をもとにスキルという観点で教育研修を見つめると、色々できそうなこと、便利に活用いただけそうな事があるように思います。そういうスキルマネジメントの観点のサービスを進められたらな・・・と思っています。

一方、このリスキリングというのが薔薇色で、将来の発展の礎になるかというと、そんなことはないとも思っています。

今から2、30年前に「リエンジニアリング」というのが流行したのを覚えている方もいらっしゃると思います。リエンジニアリングとは、企業を改革するために既存の組織やビジネスルールを抜本的に見直し、プロセスの視点で職務、業務フロー、管理機構、情報システムを再設計しようという動きで、リエンジニアリングと現在言われているDXとはそんなに大きな違いがあるようには思えません。リエンジニアリングは社会全体としては失敗したと言わざるを得ず、今回のDX化やそれを支えるリスキリングが同じ轍を踏まない保証はどこにもありません。

また、内閣府の調査で学び直しをしたいとは思わない人が約半数、というのも看過できません。学ぶ対象となる人は「学びたくない」のです。

「学びたくない」ことに対応するeラーニング屋としてのアプローチは、ステップ3:スキル向上に必要な教育カリキュラム・コンテンツの整備や、ステップ4:学習の実施・メンタリングもキーになると思っています。スマホが当たり前で、タイパを強く意識し共感力を求め情報発信力のあるZ世代が今後の社会の中心を担うときに、eラーニングのコンテンツのあり方、運用のあり方、進め方は再考の余地があると思っています。

これらのことから、リスキリングを錦の御旗に進めれば万事OK!というわけでなく、これから先、我々教育を支える企業や教育企業、そして実際にご利用になる企業さんとでクリアしていかなくてはならない課題はたくさんあるのでしょう。リスキリングはそのための方向性や可能性であり、肉付けして汗かいて進めて、意味あるものに仕立てていかねばならないと思っています。

ちなみに全くの余談ですが、今日はローガン対応メガネを家に置き忘れ、ボケボケの視界でMacBookに向かってこのブログを書いてます。私は現在49歳、年代的にはここでいうリスキリングの対象のメインゾーンと思われます。コンテンツのローガン対応も大事ですね(苦笑)


【参考資料】