「AI時代の教育」という風潮の中での「教育×AI」

By | 2019年10月17日

こんにちは。台風の影響なのか、風邪を引きました・・・多くの被災地ではまだ普段の生活に戻っていないところもあるようです。皆様はご健勝でしょうか。

お久しぶりです。研究員の岡田です。

 

来ると分かっていても、なかなか想定外のことが起こることがありますね。

技術革新もそうかもしれませんね。

 

さて、今日は少し長めに、最近流行りの「AI時代の教育」について考えてみたいと思います。

昨今、教育現場でもAI技術を利用したツールが活用されつつあります。それらが、学校現場・塾現場で、子どもたちにどのような影響を与えているのでしょうか。

 

 

■「AI時代の教育」ってどういうこと?

最近、書店に行っても「AI時代」というタイトルやテーマの書籍が並んでいますね。

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全てに目を通したわけではないので、ここでは最大公約数的に論点をまとめた上で、話を勧めましょう。

 

論点1:第三次AIブーム

論点2:「なくなる職業」

論点3:「AIにできないことを人間がやろう」

 

 

「AI時代の教育」ということが語られる場合には、論点2と論点3に関わることがほとんどです。つまり、AI技術ができない範囲で人間しかできないことがあるのだから、それをしっかりと伸ばしましょう!ということです。

 

国立情報学研究所の新井紀子先生は、その一つとして「読解力」を掲げています。

 

「意味」というものを理解しないAI(東ロボくん)よりもテストの点数が低い高校生が多数いるという事実から、新井先生は「読解力教育」こそが今の日本に必要だと再認識し、今では読解力を向上させるプログラム開発とその普及に努められています。

 

確かに、「心情把握」などは、AIに心情が芽生えない限り理解できるとは思えません。それでも、選択肢問題などで東ロボくんが回答できたのは、設問自体が「パターン化」されており、そのパターンを学んだからに他なりません。

 

このパターン化されにくい部分の能力・資質を養おうというのが、現在の教育改革とも相まって、一つの大きな潮流になろうとしています。

 

 

 

 

■子どもの教育に求められていることとは?

教育には大きく分けて二つの側面があります。

 

 

(1)学習者の隠れた能力や資質を「引き出す」という側面

(2)ある文化や社会的背景から求める人物像へとソフィスティケートするという側面

 

 

この両側面は矛盾するものではなく、両立可能と思うのですが、どちらにウェイトを占めるかで、違いがでてきます。

 

そして、戦後の日本が後者に重点を置きすぎるあまり、人財育成に多様性をほとんど持ち込まなかったこと、再現可能な教育プログラムを採用することが大多数であったことが、昨今問題になっています。

 

 

それが例えばテストであれば、前述したように、設問・解法についてのパターン化が進み、「問題文を読まなくても(理解しなくても)正解は出せる!」というコンセプトの参考書が出てくるようにまでなっていました。(事実、岡田が大学入試の時には、本当にそういう参考書が存在した。)

 

 

それに対して、最近では「答えのない問題」(あるいは「答えが一意に決まらない問い」)が脚光を浴びています。その問いに対しては、学習者の多様性が活かされることになり、自分とは異なる意見や解を持つ人が「身近にいる」ということこそが重要視されます。

 

 

アクティブ・ラーニング研究の泰斗である溝上慎一先生は、「他者の森を抜けて、自己を知る」というのがアクティブ・ラーニングの本質ではないか、と発言されていたことがありました。

 

 

まさに、他者は他者。自分は自分。だからこそ、それを踏まえて「合意形成」をすることを学ばせる教育が求められています。

 

ところが、このような学びの機会は徐々に増えていますが、一方で知識事項のインプットや、社会通念や規範的な行動・表現というのも学ばなければならず、小学校・中学校・高等学校では指導要領のもと、それらを習得することが保障されなければならないというノルマがあります。

 

今、初等中等教育の現場では、最低限保障される知識事項のインプット・アウトプットの機会と、学習者の資質・能力についても獲得する機会を用意するという、大変な状況です。

そこで、せめて再現可能な知識獲得の部分やアウトプットの部分は、効率化したい、というのが社会的要請となっています。

※資質・能力については、岡田の別のブログ記事をご参照ください。(https://www.digital-knowledge.co.jp/blog/archives/3622/

 

 

 

 

■「教育×AI」で求められていること

教育分野でのAI活用も叫ばれています。政府が進めるSociety5.0構想でも、教育分野・人材育成の領域でのAI活用は触れられています。これはまさに、先ほど述べた「再現可能な」領域での活用です。

 

ここについて考える際に、非常に示唆的な指摘をあげておきます。これはCOMPASS社の神野元基さんの発言なのですが、「AIは通り一遍のことしかできませんよ」ということです。つまり、教育の中で「人間らしい」「多様性のある教育」が叫ばれていますが、AIはそれを支援するとしても、通り一遍のことしかできない、という警句です。ご自身が教育×AIの分野の第一線で活躍されているからこその重い発言です。

 

 

AIには多様性というものが原則はありません。もちろん、AI構築者が多様なので、学習のさせ方、正当データの準備、という点でデータの多様性があるでしょうから(データクレンジング自体、クレンジングする人間の視点が入る)、厳密にはAIにも多様性はあるのかもしれません。

 

しかし、一旦、Fixされたシステム・ツールは、新たな学習をさせない限り、同じ反応をしないと困ります。昨日まで迷惑メールだと判断されていたものが、今日からそうでなくなったら不便ですよね。自動運転技術でそういうことが起こっても困ります。

 

 

教育分野でAI技術を導入するメリットは、「評価が一定」ということです。

 

 

弊社では『トレパ』というサービスを展開しています。(https://torepa.jp/

このトレパは、大量のアメリカ英語ネイティブ音声のデータが背後にあるので、それを評価の軸としています。

 

ここで、「本当にネイティブの発音をどれだけ評価するのか」とか、「ネイティブって一体誰のことだ?」という概念的な話題には立ち入りませんが、トレパは一定の安定した評価(フィードバック)をしてくれます。

 

 

同じ音声を録音したものを、同じマイクなどの一定の動作環境下で音声認識させると、やはり安定しています。

 

 

先日、ある小学校の先生に教えていただいたことがあります。教育的なトレーニングのために、学習者の回答に対して何らかのフィードバックが有効なのは、提出後「1分以内」だ、というのです。(個人差もあるでしょうが、確かにこれくらいのスパンであれば、まだ回答をした時の思考を学習者は覚えているはずです。)これは、家庭教師や個別指導でない限り、かなり難しいことです。

 

しかし、AI技術やICTの力を借りれば、それが可能です。

 

 

整理すると、AI技術やICTを使うと、

 

(A)安定したフィードバック

(B)迅速なフィードバック

 

の二つが叶えられることが期待されます。

 

 

先ほどのCOMPASS社の「Qubena」というAI教材でも、学習者の回答を瞬時に診断し、弱点補強のための問題や、もっと難しい問題を提示していきます。このような個別最適化の教材をアダプティブ教材といいます。

※アダプティブについては、岡田の別ブログ記事もご参照ください。(https://www.digital-knowledge.co.jp/blog/archives/3684/

 

 

 

 

■AIは「人間とはちがう」と認めることが、教育分野での活用の第一歩

 

最後に、AI技術を教育現場に導入する際の心がまえ(!)のようなことに触れて終わりたいと思います。

 

よく「AIは融通がきかない!」ということを言われる方がいます。「〇〇ができると思っていたが、△△しかできない!」と。

 

なぜ、「〇〇ができる」と思うようになったのか、不思議な時があります。開発者も誰もそんなことを明確に言ったことないのに・・・

 

 

以前、別の記事(https://www.digital-knowledge.co.jp/blog/archives/3519/)でも書きましたが、過度な期待により、正確な技術像が見えなくなっていることは多々あります。

 

特に、人間の教員に期待されていることの「すべて」をAI技術が賄えると思われている場合もあります。しかし、実際にはAI技術はある特定のタスクを自動的にするエージェントにすぎません。

 

何が出来て、何が出来ないのか、ということを考えながら、実際に使って行って確かめていただくしかないのです。

 

 

プログラミング教育を小学校から行うようになりました。その実際の授業を見学された方はおられますか?

画面上のすごろくのマス目のようなところまで、キャラクターが動いていくようにプログラミングをするという初級者向けの言語があります。ScratchとかBiscuitとかですね。

 

あれも、人間に指示するのとは大きく異なります。

 

人間相手であれば、「ここのマス目にある宝箱を取って」という指示で十分通じますし、そこでそれが出来ない人はあまりいません。

 

ところが、プログラミング言語学習上でのキャラクターはそのようには動きません。

・マス目を2つ分、前進

・左に90度回転

・マス目を1つ分、前進

・・・・・

のようにコードを繋ぎ合わせていきます。

 

 

これがコンピュータというものです。人間と理解の仕方が異なります。

 

AI人材やプログラマーが日本社会で不足しているから、そのような開発者スキルが必要なので、プログラミング教育が必要なのか・・・それについては思うところはあります。

 

しかし、一つ確実に言えるのは、「言葉を適切に伝えれば、適切に解釈して行動する」人間の知性(もちろん、そうことができるように長い教育が必要)とAI技術で言われている知能は全く異なるということであり、それをプログラミング教育を通じて、子どもたちは自然に学ぶことになるということです。

 

 

 

加藤学園暁秀初等学校では、『トレパ』を英語学習で使うだけではなく、AIとは何か、ということについても学ばせており、今年度はGoogleのAI学習ツールを使いながら授業をされているようです。

この活動を通じて、教えている教員自身が「AI技術」について深く考えるようになったとのことです。「どこでAI技術を使えるのか?」という社会的な問いと同時に教育現場での活用についても考えるようになった、と。

※加藤学園暁秀初等学校での実践事例については、岡田の別記事も参照してください。(https://www.digital-knowledge.co.jp/blog/archives/3582/

 

 

手前味噌な話ですが、『トレパ』はエディターという性格上、教員自身が中身をいじれるツールです。普通、AI技術を使ったアプリは中身の英文が触れなかったりしますが、トレパは違います。

 

使用を通じて、AIにできること、できないことなど、感じていただけるのではないでしょうか。人間側がAIに歩み寄り、主体的に活用することこそ、AI時代なのだと思います。

※こちらの別記事も参照ください。(https://www.digital-knowledge.co.jp/blog/archives/3570/

 

授業内部で使うだけではなく、これからのAI技術時代に一歩先行く自学用のツールとして使ってみていただければ幸いです。

 

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教育×AIについて、書いてきましたが、デジタル・ナレッジでは、ほぼ毎月のようにセミナーを開催しております。

https://www.digital-knowledge.co.jp/archives/20490/

一緒にこれからのAI活用について考えていきましょう!